プレス加工油の役割
プレス加工について
プレス加工とは、金型の間に金属素材等を挟み込み、金型に圧力を加えて金属等を目的の形へと変形させる成形加工の事で、「塑性加工」の一つです。
それでは「塑性加工」とは何でしょうか。
例えば、金属板の平面に徐々に力を入れていきます。初めの弱い力のうちは、金属板は元の形に戻ろうとする力(弾性)が働くので、力を抜いても平板状のままです。ところが、更に力を加えてある限界を越えると、その力を加えている方向へ形が変わりやすくなり、やがて力を抜いても変形したまま戻らなくなります。この性質を「塑性」と言い、この性質を利用して物体を延ばしたり圧縮したりする加工を「塑性加工」と言います(「打抜き加工」も局部的に金属が延ばされたり圧縮されたりしています)。
プレス加工油について
金属素材をプレス加工する際、金型とワークの素地表面を保護せずに金型に力を加えていくと、金型とワークの接触面間で大きな摩擦が発生します。その結果、ワークに割れや傷、摩擦熱による焼付きが発生してしまう事があり、更には金型をも損傷する場合があります。
そこで、摩擦を低減して金型とワーク表面を保護する為に使われるものが、プレス加工油です。
油を塗付して金属表面に油膜を作って摩擦を減らす事で、金型やワークを傷や割れから保護します。
油であれば機械油等の汎用潤滑油でも出来る加工はありますが、深絞りや厚板の加工等の様な過酷な条件では金型やワークが損傷してしまいます。
従って、加工条件によって最適なプレス油を選定頂く事が重要です。汎用潤滑油と「プレス加工油」の違いについて、下記(「プレス油の効果(添加剤の役割)」)をご覧下さい。
プレス加工油の効果(添加剤の役割)
プレス油は、金型と被加工材との摩擦を低減し、焼付きや傷が生じない様に、各種添加剤を組み合わせて構成されています。
汎用の潤滑油にも添加剤が含まれていますが、その添加量は少なく、高荷重で、時には複雑な変形を伴う事のある金属プレス加工に適しているとは言えません。
ここでは、鋼板の「絞り加工」を例にして、摩擦低減・焼付き防止効果を発揮する主な添加剤である「油性剤」と「極圧添加剤」の働きについて、ご説明致します。
①汎用潤滑油を用いた場合(マシン油等)
鋼板が変形する際、特にダイやパンチのR部分で荷重が掛かります。
すると油膜が薄くなり、やがて鋼板と金型が接触し、摩擦が発生します。
摩擦熱によって更に油の粘度が下がり、ますます油膜が破断され易くなります。
その結果、大きな摩擦が発生し、鋼板や金型に傷や破断、焼付き等が生じます。
②油性剤配合のプレス油を用いた場合
油性剤は、金型やワーク表面に吸着し、摩擦低減効果を発揮します。
汎用潤滑油よりも加工性が良くなりますが、金属が変形する際に発する熱や摩擦熱によって金型やワークの表面温度が高くなると、吸着していた油性剤が金属表面から離脱し、油膜が破断します。
しかし、この様なプレス加工油は、鋼板やアルミの薄板打ち抜きや曲げ加工、浅絞り等、比較的軽度な加工に使用されています。
③油性剤と極圧添加剤配合のプレス油を用いた場合
極圧添加剤は、塑性加工時に発生する熱によって鋼板表面と反応し、潤滑膜を形成します。
この潤滑膜が、高い荷重が掛かっている状況でも摩擦を低減し、金型やワークを傷や焼付きから防ぎます。
油性剤と組み合わせる事で、一連の絞り加工を可能にしています。
この様なプレス加工油は、厚板の鋼板や難加工材(ステンレス等)の打抜きや曲げ、深絞り等、高荷重が掛かる加工に使用されています。
一般の潤滑油は金属面間の摩擦を抑制する目的で使われますが、塑性変形を起こさない潤滑(シリンダーやベアリングの潤滑等)の摩擦に対する設計になっており、プレス加工の様に金属が塑性変形を起こす際に発生する大きな摩擦に対応出来るとは言えません。
金属プレス加工の際は、金属面間の摩擦を低減し、傷や焼付きの発生を防ぐ為に、用途に合わせて専用に設計された「プレス加工油」をご使用頂く方が最適です。
その他の添加剤として、酸化防止剤や腐食防止剤、防錆剤、粘度指数向上剤等があり、必要に応じてそれらも組み合わせ、各種加工方法に最適なプレス加工油が出来上がります。
プレス加工油を設計する際に考える性能
プレス加工油は、単に加工が出来れば良いというものでも無く、前工程や後工程、人や装置及び環境への影響、危険性等も考慮して設計されてます。
<プレス油の設計性能>
(1)一次性能 | 加工性能 生産性等 |
(2)二次性能 |
工具(金型)への影響 脱脂性 防錆性 溶接時の影響 樹脂への影響 油剤の安定性等 |
(3)人及び環境への影響 |
低臭 低刺激性 有害性 引火性 廃棄方法 RoHS/Reach対応等 |
プレス加工油の種類
プレス加工油には、被加工材や加工方法、その他要求性能に合わせて数多くの種類がありますが、大別すると下表の様になります。各タイプをベースに、二次性能や環境性能を満たす様、原料の選定や添加量の調整を行っています。
種類 | 特長 | 用途 | |
不水溶性(油性) | 汎用タイプ |
一般のプレス加工全般に対して、汎用性がある。 |
鋼板、アルミ板等の一般加工 |
高極圧性タイプ |
厚板や難加工材等、比較的過酷な条件の成形加工に適する。汎用タイプよりも極圧添加剤の割合が多く、耐荷重性能が高い。 |
鋼板(厚板)、ステンレス、ハイテン材等の加工全般 深絞り・しごき加工 |
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揮発性タイプ |
揮発性が有り、乾燥させると油分がほとんど残らない。さび止めとして僅かに油分を残すタイプもある。 |
鋼板、アルミ板等の薄板曲げや打ち抜き、浅絞り等の軽度の加工 無洗浄プレスで脱脂工程を省いたり、そのまま焼鈍する場合にも適する。 |
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水溶性タイプ |
不水溶性(油性)タイプよりも冷却能力が優れる。水で希釈出来て経済的。 |
鋼板、アルミの加工全般、ステンレス薄板加工 発熱の高い加工(連続高速加工、厚板加工等) |
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固体潤滑剤分散タイプ |
液状のプレス加工油に、固体潤滑剤を分散させる事により潤滑性や耐焼付性を補助。 |
極圧添加剤が効き難い被加工材の過酷な加工・熱間加工等 |
プレス油を取り巻く環境問題
プレス油は、様々な化学物質から構成されていますので、使用や廃棄の際には、作業者や工場又は処理場周辺の住人、自然環境に対する影響は必ず配慮されなければなりません。
昨今、化学物質を巡って様々な問題が取り上げられてきましたが、プレス油に関して現在特に課題となっているものに、塩素系極圧添加剤の問題、プレス加工後の洗浄の問題が挙げられます。
塩素系極圧添加剤とダイオキシンの問題
ダイオキシンは、廃棄物の焼却施設とその周辺から検出された事で、問題が大きくなりました。
焼却施設からのダイオキシン発生理由として、塩素化合物を含む物質が不完全燃焼する事で発生すると考えられていますが、これは塩素系添加剤を使用している塩素系プレス油の廃棄に関係してきます。
弊社においても、これらの問題やお客様からのご要望にお応えすべく、塩素系プレス油の代替となる、非塩素系加工油の開発及び製品化を積極的に取組み続け、ご好評頂いております。
プレス加工後の脱脂洗浄の問題
プレス加工後、付着している油分を除去する為に、溶剤や脱脂剤が用いられます。しかし、洗浄にコストが掛かり、使用後の洗浄液は処理には手間と費用が掛かります。
以上の問題を解消するプレス油として、速乾性プレス油、揮発性プレス油等と呼ばれる加工油が有ります。これらのプレス油は、プレス加工後、自然又は送風乾燥によって揮発する成分で構成されている為、プレス加工後の脱脂洗浄工程を省く事が出来ます。また、加工後の防錆性を高める為に、若干の不揮発分が残る様に設計されているタイプもあり、残留油分は極めて少量ですので、脱脂液の使用量や交換頻度を抑える事が出来ます。
しかし、いずれも一般のプレス油に比べて潤滑性が劣っており、軽度の加工で使用される事が多いです。
弊社では、完全揮発タイプから薄膜残留型までお客様のご要望に応じてご用意致します。